維持する技術⑥|維持する技術を支える人と仕組み
― 熟練・記録・標準化を次の世代へつなぐ ―
維持する技術は、誰が担うのか
前回は、保全技術がどこまで進化しているのかを考えた。
センサ、非破壊検査、ドローン、ロボット、AI、データベース、デジタルツイン。こうした技術は、設備の状態をより詳しく、より広く、より継続的に把握するための手段になりつつある。人が近づきにくい場所を見に行く。取得したデータを解析する。検査記録や補修履歴を蓄積し、次の判断に使う。保全は、「壊れてから直す」ものから、「状態を見ながら判断する」ものへと広がっている。
しかし、前回の結論は、デジタル技術によって人が不要になる、というものではなかった。
むしろ逆である。保全の高度化は、人の判断を支える情報を増やし、より良い判断を可能にするものである。どれだけセンサやAIが進歩しても、得られたデータをどう読み、どの損傷メカニズムと結びつけ、補修するのか、監視を続けるのか、交換するのかを判断するのは人である。
電力設備の健全度評価に関する解説では、電力設備の高経年化が進む一方で、熟練技術者の高齢化や減少が大きな問題になっていること、また今後はIoT、AI、ロボット、ドローンなどの先進技術を積極的に活用する必要があることが述べられている。[1]
ここから分かるのは、維持する技術の課題が、単に「古くなった設備をどう直すか」だけではないということである。設備は高経年化し、点検・補修には高度な判断が求められる。その一方で、それを担う人材や経験の継承にも課題がある。
設備を安全に使い続けるには、検査する人、補修する人、運転状態を知る人、設計条件を理解する人、損傷メカニズムを考える人、記録を残す人、保全計画を立てる人が必要である。そして、それらの人々がばらばらに動くのではなく、同じ情報を共有し、判断の根拠を残し、次の保全につなげる仕組みが必要になる。
本シリーズの最終回では、維持する技術を実際に機能させるために必要な「人」と「仕組み」について考える。
維持する技術は、個人の熟練だけでも、デジタル技術だけでも成立しない。現場を知る人、損傷メカニズムを理解する人、検査・補修を実行する人、記録を残し判断へつなげる仕組みがあって初めて、設備を安全に使い続ける力になる。
熟練者の経験を、組織の知識に変える
設備の保全では、教科書どおりに判断できない場面が少なくない。
同じ腐食であっても、材料、流体、温度、流速、応力、溶接部の有無、補修履歴、運転条件によって意味は変わる。同じき裂であっても、疲労き裂なのか、応力腐食割れなのか、溶接欠陥が起点なのか、熱履歴や拘束が影響しているのかによって、対応は変わる。
さらに、現実の損傷は、必ずしも一つの損傷モードだけで説明できるとは限らない。腐食、疲労、クリープ、摩耗、応力腐食割れ、溶接欠陥、補修履歴、運転条件の変化が重なり合う場合がある。
設備管理知識モデルに関する報告では、配管腐食のメカニズムについて、原因は一つとは限らず、複数のメカニズムが複合して生じることがあると説明されている。また、腐食発生に至る主メカニズムと、腐食の発生や進行を促進する助長メカニズムに分けて整理する考え方も示されている。[7]
火力発電ボイラへのRBM適用事例でも、診断部位ごとに、損傷メカニズム、損傷形態、検査法、余寿命診断法を整理している。対象設備や部位によって注意すべき損傷が異なることが分かる。[2]
このような損傷メカニズムの違いを踏まえると、検査結果を読む力が重要になる。非破壊検査で指示が出たとしても、それが直ちに危険な欠陥を意味するとは限らない。逆に、見た目には小さな異常であっても、損傷メカニズムや使用条件を考えると注意すべき場合もある。
ここで重要になるのが、熟練者の経験である。
熟練者は、単に作業に慣れている人ではない。設備の通常状態を知っている。過去にどのような損傷が起こったかを知っている。検査しにくい場所、損傷が出やすい部位、補修後に再発しやすい条件、運転変更によって負荷が変わる箇所を知っている。図面や帳票には表れにくい現場の制約も理解している。
ただし、経験だけに頼ることには限界がある。経験は個人に蓄積されやすく、退職や異動によって失われる可能性がある。また、経験に基づく判断であっても、根拠が説明できなければ、組織として再現することは難しい。
設備管理に必要な知識には、設備や劣化・損耗メカニズムに関するものだけでなく、長年の設備管理活動の蓄積によって確立されたものも含まれる。こうした知識は、ベテラン技術者や技能者の退職によって失われてはならず、世代を超えて伝承されなければならないとされている。[7]
熟練者の経験は、単に「すごい人の勘」として扱うべきではない。どの情報を見て、何を懸念し、なぜその判断に至ったのかを言語化し、記録し、次の世代に引き継げる形にする必要がある。
維持する技術における熟練とは、経験を積んだ個人の能力であると同時に、設備を安全に使い続けるための組織的な知識資産でもある。
記録と標準化が、判断を支える
第3回では、補修後の確認と記録が次の保全につながることを整理した。第4回では、補修溶接において、施工条件や検査結果を記録することの重要性を述べた。第5回では、点検記録や補修履歴が、将来の保全判断を支えるデータになることを考えた。
最終回で改めて強調したいのは、記録は技能継承の入口でもあるという点である。
単に「異常なし」「補修済み」と書くだけでは、将来の判断材料としては不十分である。どの部位を、どの方法で検査し、どのような条件で測定し、どのような指示や損傷が確認され、どの基準で判断し、どのように補修し、補修後にどの検査で確認したのか。こうした情報が残って初めて、次回点検時に比較できる。
非破壊検査業務におけるデジタル技術の実装例では、石油精製プラントや石油化学プラントの定期検査において、従来は紙の記録用紙や図面にメモやスケッチを行って報告書を作成していたが、タブレットとクラウドサーバを用いて記録をデジタルデータで運用し、一元管理する取り組みが報告されている。[3]
また、大型浮体構造物のデジタルツインを用いたアセット健全性マネジメントの事例では、実機計測・検査データ、目視検査、補修履歴、積付条件、海象データなどを収集し、デジタルモデルを更新し、余寿命、リスク、保全メニューの検討に活用する構想が示されている。[4]
記録は、過去を保管するためだけのものではない。未来の技術者が、過去の判断を追体験するための手がかりである。
そのためには、記録の内容や判断の流れを、できるだけ標準化しておく必要がある。標準化とは、すべてを機械的に同じにすることではない。どの情報を確認するか、どの基準で評価するか、どのような場合に専門家レビューを行うか、どの記録を残すかを明確にすることである。
設備管理知識モデルの報告では、鉄鋼会社において、全社的な設備管理システムを構築し、点検・補修などの業務を定義し、管理基準を共通化する取り組みが報告されていることに触れている。また、設備の劣化メカニズムを把握したうえで、管理するポイントや劣化判定基準を統一的に設定し、更新の要否や優先順位を的確に決定することが重要であると整理されている。[7]
アセットライフサイクル全体の情報管理に関する解説では、取得、所有、廃却の各段階で情報を所掌する組織が異なることが一般的であり、ライフサイクル全体の情報連携・管理を複雑にする要因になると述べられている。[5]
この議論は、保全にも通じる。設備の情報は、設計、製作、施工、運転、点検、補修、更新の各段階で生まれる。その情報が部門ごと、会社ごと、担当者ごとに分断されれば、保全判断に必要な情報を集めることが難しくなる。
保全判断には個別性がある。設備ごとに設計条件、使用環境、損傷の出方、運転条件、補修履歴は異なる。だからこそ、個々の事情を踏まえて判断するためにも、必要な情報を共有し、判断の根拠を残し、関係者がレビューできる仕組みが必要になる。
一人の担当者がすべてを判断するのではなく、検査担当、補修担当、運転担当、設計担当、材料・溶接の専門家が、それぞれの視点から確認する。損傷メカニズムに見落としはないか。検査方法は適切か。補修方法は再発防止につながっているか。運転条件の見直しは必要か。次回点検で確認すべき項目は何か。
RBMの実機適用事例でも、ソフトウェアに必要なデータを入力すれば自動的に答えが得られるわけではなく、専門家や熟練者が参加し、保全現場や運転者などの意見を取り入れながら評価していく必要があるとされている。[2]
仕組みがなければ、技術は個人に閉じる。仕組みがあれば、個人の経験は組織の力になる。
維持する技術を長く機能させるためには、熟練者の判断を尊重しつつ、その判断を支える記録、標準化、情報連携、レビューの仕組みを整える必要がある。
デジタル技術は、人と業務フローを支える
第5回で述べたように、センサ、AI、ドローン、ロボット、データベース、デジタルツインは、保全の高度化に大きく関わる技術である。
しかし、これらの技術は、人を不要にするためのものではない。人の判断と業務フローを支えるための道具である。
センサは、設備の状態を継続的に把握するための道具である。ドローンやロボットは、人が近づきにくい場所の情報を取得するための道具である。AIは、膨大な画像や信号の中から異常候補を抽出し、解析実施者の負担を減らすための道具である。データベースは、検査結果や補修履歴を蓄積し、次の判断に使いやすくするための道具である。デジタルツインは、実機データと解析モデルを結びつけ、余寿命やリスクを評価するための道具である。
非破壊検査業務におけるAI活用事例では、渦電流探傷試験の波形データ解析にAIを適用し、解析実施者のサポートを目的として開発したことが述べられている。一方で、非破壊検査結果の解釈・評価には有資格者等が必要とされることが多く、AIの予測をそのまま結果として受け入れることはできないため、補助的にAIを用いる位置づけが示されている。[3]
大型浮体構造物のデジタルツインの事例でも、実機計測・検査データや海象データを用いてデジタルモデルを更新し、余寿命、リスク、保全メニューを提案した後、最終的にはオペレータを中心とする人間系が、提案メニューを見直し、実機の運転と保全を計画・遂行する流れが示されている。[4]
ここで重要なのは、デジタル技術の導入を、データ取得だけで終わらせないことである。
取得したデータを誰が確認し、どの基準で評価し、どのような場合に追加点検や補修判断へ進むのか。その判断フローまで設計しておく必要がある。さらに、判断結果とその根拠を記録として蓄積し、次回点検や類似設備の判断に使える形で残すことが重要である。
風車保全事業を対象とした予兆診断ソリューションの効果推定では、IoTソリューションの効果は、保全業務プロセスや保全リソース状況などの多様な要因によって変化すると述べられている。[6] また、異常予兆検知を現状の業務設計のまま導入したケースでは、予防対応業務と移動時間が増加し、作業員リソースがひっ迫し、かえって稼働率が低下するリスクが示されている。[6]
この事例は、予兆診断やIoTを導入しても、それだけで保全が高度化するとは限らないことを示している。予兆を検知した後に、誰が確認し、どのタスクを発行し、どの保全員が、どのタイミングで対応するのかまで設計しなければ、期待した効果が得られない場合がある。
保全に必要なのは、「データを集める仕組み」だけではない。「データを解釈する人」「データを判断につなげるフロー」「判断結果を次に活かす記録の仕組み」である。
維持する技術において、デジタル技術は人の代替ではない。人の判断と組織的な保全業務を支える道具である。
若手技術者に何を引き継ぐべきか
維持する技術を考えるとき、若手技術者への継承は避けて通れない。
設備は長く使われる。設計した人、製作した人、初期の運転を知る人が、いつまでも同じ現場にいるとは限らない。設備の使用期間が長くなるほど、過去の経緯を知らない技術者が保全判断を担う場面は増えていく。
高経年化する設備が増え、熟練技術者の高齢化や減少が進むなかで、若手技術者の育成まで含めて維持する技術を考えることは、実務上の急務になりつつある。[1]
若手技術者に引き継ぐべきものは、作業手順だけではない。
もちろん、検査方法、補修方法、規格、基準、記録様式を学ぶことは重要である。しかし、それだけでは十分ではない。より重要なのは、設備の状態をどう見るか、異常をどのように疑うか、損傷メカニズムをどう考えるか、判断に必要な情報をどのように集めるかである。
たとえば、減肉が見つかったときに、測定値だけを見るのではなく、なぜその場所で減肉が生じたのかを考える。き裂が見つかったときに、長さだけでなく、応力、材料、溶接部、環境、運転履歴との関係を考える。補修を行うときに、損傷部を直すだけでなく、再発防止や次回点検の方法まで考える。
このような考え方は、講義だけで身につくものではない。実際の事例を見て、記録を読み、先輩技術者の判断理由を聞き、自分でも仮説を立てて考えることで少しずつ身につく。
設備管理知識モデルの報告では、知識モデルの活用場面として、関係者間の知識共有、初学者の教育、保全作業を行う前の手順確認、危険予知の補助、突発的な異常への対応時のリファレンスが挙げられている。[7]
また、不具合のメカニズムの分解木と保全行為の分解木を段階的に表示し、ユーザにとるべき行為を検討させたうえで、正解を保全行為の分解木として表示する機能が、主に初学者の教育タスク用に設けられていると説明されている。[7]
これは、維持する技術の継承において重要な示唆を含んでいる。若手技術者に必要なのは、答えを暗記することだけではない。不具合がどのような因果関係で生じるのかを考え、それに対してどの保全行為を選ぶべきかを検討する力である。
若手に引き継ぐべきなのは、過去の答えだけではない。過去の判断から、次に何を考えるべきかを学ぶ姿勢である。
維持する技術を支える人材育成では、知識の伝達だけでなく、問いの立て方、仮説の置き方、判断の根拠の残し方を伝えることが重要になる。
まとめ:維持する技術は、社会を静かに支える技術である
本シリーズでは、「維持する技術」をテーマに、設備を安全に使い続けるための技術を考えてきた。
第1回では、インフラやエネルギー設備の高経年化を背景に、維持する技術の重要性を整理した。
第2回では、非破壊検査を、設備を壊さずに状態を把握し、壊れる前に見つける技術として考えた。
第3回では、検査結果を、補修、交換、監視、運転条件見直しといった判断へつなげる考え方を整理した。
第4回では、補修溶接が単なる手直しではなく、材料劣化、拘束、熱履歴を踏まえた技術判断であることを述べた。
第5回では、センサ、ドローン、ロボット、AI、データ活用によって、保全判断がどのように高度化しつつあるのかを考えた。
そして最終回では、それらを支える人と仕組みに焦点を当てた。
設備を維持する技術は、目立ちにくい。新しい製品を生み出す技術のように、華やかに語られることは多くない。しかし、社会インフラや製造設備は、作って終わりではない。使い続けるためには、点検し、評価し、補修し、記録し、次の判断へつなげる技術が必要である。
その技術を支えるのは、現場を知る人であり、損傷メカニズムを理解する人であり、検査や補修を確実に実行する人であり、判断を記録し、組織として継承する仕組みである。
維持する技術は、古いものをただ延命する技術ではない。限られた資源を活かし、安全性、信頼性、経済性を考えながら、社会や産業の基盤を支える技術である。
新しいものを作る力と同じように、既存の設備を適切に維持し、必要に応じて補修し、使い続ける力もまた、ものづくり基盤を支える重要な力である。
このシリーズを通じて伝えたかったのは、維持する技術が、地味でありながら高度な総合技術であるということである。
検査、補修、溶接、材料、運転、保全計画、データ、そして人。
それらをつなぐことが、設備を安全に使い続ける力になる。
参考文献
[1] 西沢孝壽, "電力設備の健全度評価における非破壊検査の現状について", 日本機械学会誌, Vol.123, No.1215, pp.18–21, 2020年.
[2] 富士彰夫, "RBMの火力発電用ボイラへの適用事例", 圧力技術, Vol.45, No.3, pp.154–161, 2007年.
[3] 藤田涼平, 佐野川美咲, 山邉正太, "非破壊検査業務におけるデジタル技術の実装化", 圧力技術, Vol.63, No.1, pp.15–18, 2025年.
[4] 松本俊作, 杉村忠士, 寺田伸, 宮崎智, 石井秀和, 塚原啓介, "大型浮体構造物のデジタルツインを用いたアセット健全性マネジメントシステムの開発", 三菱重工技報, Vol.61, No.2, pp.1–10, 2024年.
[5] 本田孝哉, "アセットライフサイクル全体にわたる情報管理について", 信頼性, Vol.44, No.2, pp.92–95, 2022年.
[6] 渡部潤也, 河野敏明, "保全事業マルチエージェントシミュレーションによる風車予兆診断の効果推定", 日本機械学会論文集, Vol.91, No.941, 2025年.
[7] 浅野一哉, 大上雅哉, 伊藤昌弘, 津田和呂, 來村徳信, "設備管理知識モデルの記述と活用", 人工知能学会第二種研究会資料, SIG-SWO-061-01, 2023年.
− 執筆者 −
鳥形啓輔
技術士(金属部門)・国際溶接技術者(IWE)・知的財産アナリスト(特許)
金属材料・溶接接合を専門領域とし、設備の検査、補修、保全、寿命延伸などについて、公開文献をもとに技術的な整理・考察を行っています。
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