経済安全保障と金属材料⑥|技術者は何を考えるべきか
―「維持能力」という視点から見たものづくりの未来―
はじめに
本シリーズでは、経済安全保障というテーマを、金属材料や接合技術の視点から考察してきた。
- 第1回では、経済安全保障を単なる政策論ではなく、製造業や技術開発の現場に現れる課題として整理した。
- 第2回では、供給リスクを資源・材料・製造・インフラ運用という層構造で捉えた。
- 第3回では、高経年化する社会インフラや産業設備を支える補修・保全技術の重要性について考察した。
- 第4回では、熟練技能への依存を低減しながら維持能力を継承していく技術開発の方向性を整理した。
- さらに第5回では、戦略的自律性と戦略的不可欠性という観点から、製造基盤の将来像について考察した。
こうして振り返ってみると、本シリーズで繰り返し現れていたテーマは、材料供給や製造技術そのものではなく、
「維持能力をいかに将来へ残していくか」
という問いだったように思われる。本稿ではシリーズの締めくくりとして、この問いに対する一つの考え方を整理してみたい。
技術者は何を守るのか
技術者は日々、様々な課題に向き合っている。
・強度を向上させる。
・耐食性を高める。
・製造コストを下げる。
・生産性を改善する。
いずれも重要な技術課題である。
しかし、社会の中で利用される技術は、開発して終わりではない。橋梁、発電設備、化学プラント、輸送インフラ、エネルギー設備など、多くの社会基盤は数十年単位で使用される。
そこでは、
「作れること」
以上に、
「維持できること」
が重要になる。
例えば、高性能な材料を開発できたとしても、その材料を加工できなければ実用化は難しい。適切に接合できなければ構造物として成立しない。補修できなければ長期運用は困難になる。品質保証できなければ社会的な信頼を得ることもできない。
つまり技術の価値は、性能だけで決まるわけではない。
社会の中で継続的に使い続けられるかどうかによっても決まる。
本シリーズを通じて見えてきたのは、技術者が守るべき対象は、個々の技術だけではなく、その技術を支える「維持能力」そのものではないかということである。
「性能」だけではなく「構造」を考える
第1回では、「技術を性能ではなく構造として捉える視点」の重要性について触れた。
シリーズを終えた今、その意味が以前よりも明確になったように感じる。かつての技術開発では、性能向上そのものが競争力につながる場面が多かった。もちろん現在でも性能向上は重要である。
しかし近年では、
- サプライチェーン、
- 人材不足、
- 設備老朽化、
- 技能継承、
- 国際競争、
- 技術流出、
- 標準化、
- 環境対応、
といった様々な要素が複雑に絡み合うようになっている。
技術課題そのものよりも、その技術がどのような構造の中で成立しているのかを理解する重要性が高まっているように思われる。
例えば優れた材料技術を保有していても、必要な人材を確保できなければ事業は成立しない。高度な接合技術を保有していても、技能継承が進まなければ将来の供給能力は維持できない。高品質な製品を製造できても、補修や保全を支える体制がなければ社会実装は難しい。
本シリーズで取り上げた供給リスク、補修・保全、技能継承、戦略的自律性・不可欠性は、一見すると別々のテーマに見える。しかし実際には、それぞれが相互に影響し合いながら製造基盤を支えている。その意味で、技術を構造として捉えるとは、個別技術だけでなく、それを支える関係性まで含めて理解しようとする姿勢とも言えるのではないだろうか。
維持能力は社会全体で支えるものになりつつある
本シリーズで取り上げた補修・保全技術や技能継承の課題も、この延長線上にある。
かつては、「熟練者がいる」こと自体が競争力として機能していた。
しかし近年は、熟練者個人の能力だけに依存した仕組みでは、長期的な維持が難しくなりつつある。
そのため企業は、
・技能の見える化、
・施工条件のデータ化、
・品質保証の高度化、
・AIやロボットの活用、
といった取り組みを進めている。
これは単なる省人化ではなく、維持能力を個人から組織へ、組織から社会へ移していく試みとも捉えられる。
維持能力はもはや一人の熟練者だけで成立するものではない。企業、研究機関、教育機関、行政、学協会など、多様な主体によって支えられる社会的な能力になりつつあるように思われる。
技術者に求められる視点は広がっている
さらに近年は、技術開発の意思決定そのものも難しくなっている。人口減少が進み、人材や投資余力には限りがある。設備更新やインフラ維持に必要なコストは増加している。
一方で、技術革新や市場変化のスピードは速くなっている。
こうした状況では、
「何を開発するか」
だけでなく、
「どこに限られた資源を投入するか」
という判断が重要になる。
技術者には、目の前の技術課題だけでなく、その技術が置かれている産業構造や社会構造を理解する力も求められるようになっているのではないだろうか。
近年、技術情報だけでなく、特許情報、市場動向、競争環境、政策動向、人材動向などを組み合わせながら技術戦略を検討する取り組みが広がっている背景にも、こうした環境変化があるように思われる。不確実性の高い時代だからこそ、技術を深く理解することに加え、技術を取り巻く構造を俯瞰して捉える視点が重要になっているのではないだろうか。
おわりに
経済安全保障という言葉からは、資源問題や地政学リスクを連想することが多い。しかし本シリーズを通じて見えてきたのは、
「社会を支える技術を、誰が、どのように残していくのか」
という問いであった。
材料技術も、
溶接・接合技術も、
補修技術も、
それ自体が目的ではない。
社会基盤を支えるための手段である。
そして、その価値は性能だけでなく、
維持できるか、
継承できるか、
社会の中で機能し続けられるか、
によっても決まる。
人口減少が進み、維持すべき社会基盤が増えていく中で、技術者にはこれまで以上に広い視点が求められるのかもしれない。
専門技術を磨くことはもちろん重要である。
その一方で、自らの技術がどのような構造の中で成立し、どのような価値を生み、どのような維持能力として次世代へ引き継がれていくのかを考えることもまた重要になっていくように思われる。
本シリーズが、自身の専門分野を少し俯瞰して見つめ直すきっかけになれば幸いである。
