維持する技術①|なぜ今、「維持する技術」が重要なのか
― 補修・検査・保全から考えるものづくり基盤 ―
はじめに
これまで、ものづくりの技術というと、新しい製品を設計し、材料を選び、加工し、組み立てる技術が中心に語られてきた。
もちろん、新しく作る技術は重要である。新しい材料、新しい製造プロセス、新しい製品がなければ、産業は前に進まない。
しかし、現在の日本社会や製造業を見渡すと、もう一つの重要な技術領域が見えてくる。
それが、「維持する技術」である。
ここでいう維持する技術とは、設備や構造物を点検し、劣化や損傷を見つけ、必要に応じて補修し、安全に使い続けるための技術である。具体的には、非破壊検査、状態監視、設備診断、防食、補修・補強、保全計画、さらにはAIやドローンを活用した点検技術などが含まれる。
溶接技術者の視点で見ると、溶接構造物における維持管理では、溶接継手が重要な確認対象となる。溶接構造物を作る段階での課題については、以前の「極厚板溶接技術シリーズ」でも扱ったが、溶接継手は、形状や材料組織、残留応力、機械的性質などが周囲の母材と連続していない部分であり、多くの構造物において疲労損傷や腐食損傷の起点となりやすい箇所である。そのため、製造時の非破壊検査だけでなく、長期運用中の定期点検や損傷評価においても、溶接部の状態把握が重要になる。
これらの技術は、必ずしも新製品のように華やかに語られるものではない。しかし、社会インフラ、プラント、発電設備、船舶、橋梁、工場設備などを長期にわたって使い続けるうえでは、きわめて重要な技術である。
高度成長期に作られた設備が、更新期を迎えている
日本の社会インフラの多くは、高度経済成長期に集中的に整備された。道路橋、トンネル、河川施設、港湾施設、上下水道など、現在の社会生活を支える基盤の多くは、この時期に大量に建設されている。
その結果、現在はそれらの設備が一斉に高経年化する時期に差しかかっている。
国土交通省の資料によると、建設後50年以上を経過する社会資本の割合は、今後さらに増加していくとされている。たとえば道路橋では、2023年時点で約37%が建設後50年以上を経過しており、2040年には約75%に達する見込みである。トンネル、河川管理施設、港湾施設などでも同様に、建設後50年以上の施設割合が大きく増えていくと示されている。[1]
これは、単に「古いものが増える」という話ではない。
古い設備が増えるということは、点検しなければならない対象が増え、補修や更新の判断を迫られる場面が増え、限られた予算や人員の中で優先順位を決めなければならない場面が増えるということである。
つまり、高経年化は、技術だけでなく、保全計画、予算配分、人材確保、リスク判断を含む総合的な課題なのである。
すべてを作り替えることはできない
老朽化した設備が増えるのであれば、すべて新しく作り替えればよい、という考え方もある。
しかし、現実にはそれは簡単ではない。
国土交通省の推計では、予防保全を基本とした場合でも、今後30年間の維持管理・更新費は176.5兆円から194.6兆円程度に達するとされている。[2] さらに、事後保全、つまり壊れてから直す考え方を基本にした場合には、長期的な費用はより大きくなるとされている。
この数字が示しているのは、維持管理や更新には膨大な費用が必要であり、限られた財源の中で、いかに合理的に設備を使い続けるかが重要になるということである。
すべてを新品に置き換えることは、理想としては分かりやすいかもしれない。しかし、現実の社会インフラや産業設備では、点検し、状態を見極め、補修できるものは補修し、延命できるものは延命し、本当に更新が必要なものから更新していく判断が求められる。
ここに、「維持する技術」の重要性がある。
人手不足が、維持管理をさらに難しくしている
維持管理を難しくしているのは、費用だけではない。人手不足も大きな課題である。
インフラや設備の点検・補修には、現場を理解した保全技術者、検査員、溶接技能者などが必要である。図面や仕様書だけでは判断できないことも多く、腐食、割れ、変形、摩耗、漏えい、異音、振動などの兆候を、現場の状況と照らし合わせて判断する必要がある。
特に、溶接構造物やプラント設備では、材料、溶接部、熱影響部、使用環境、応力状態、過去の補修履歴などを総合的に見なければならない。これは、単純なマニュアル作業ではなく、経験に基づく技術判断を伴う領域である。
一方で、建設業、製造業、保全現場では、熟練者の高齢化と若手人材の不足が進んでいる。点検する対象は増えているのに、それを担う人材は限られている。このギャップが、維持管理の難しさをさらに大きくしている。
そのため、今後は、従来の熟練技能を大切にしながらも、点検の省力化、データ化、自動化、遠隔化を進める必要がある。AI画像診断、ドローン点検、センサによる状態監視、ロボットによる補修施工などは、こうした背景の中で注目されている技術である。
エネルギー設備でも「使い続ける技術」が問われている
維持する技術が重要なのは、道路や橋梁などの社会インフラだけではない。
電力設備やエネルギー設備でも、高経年化への対応は大きな課題である。
たとえば、送配電設備では、高度経済成長期の電力需要増加に合わせて大量に建設された設備が、現在、高経年化している。鉄塔、変圧器、電柱、ケーブルなどは、社会の電力供給を支える重要な設備であり、劣化したからといって簡単に停止できるものではない。
関西電力送配電は、高経年化した電力流通設備について、詳細な点検結果や劣化診断技術を活用しながら、補修や取替えのタイミングを見極める考え方を示している。また、IoTやAIを活用したアセットマネジメントにより、設備故障の発生可能性と影響度を評価し、更新時期を最適化する方向性も示されている。[3]
ここで重要なのは、設備を単に長く使えばよいということではない。
安全性と信頼性を確保しながら、どこまで使えるのかを判断すること。必要な補修を適切なタイミングで行うこと。更新すべき設備と延命できる設備を見極めること。これらを技術的に支えるのが、維持する技術である。
「作る技術」と「維持する技術」は対立しない
ものづくりでは、新しいものを作る技術が重要である。
しかし、作ったものを安全に使い続ける技術がなければ、社会実装は完結しない。橋梁も、発電設備も、船舶も、プラントも、完成した瞬間が終点ではない。むしろ、運用が始まってからが本番である。
設備は、使用中に劣化する。金属材料は腐食し、摩耗し、疲労し、熱や応力の影響を受ける。溶接部には、母材とは異なる組織や残留応力が存在し、使用環境によっては損傷の起点となることもある。
そのため、材料を選ぶ技術、溶接する技術、検査する技術、補修する技術、保全計画を立てる技術は、本来ひとつながりのものである。
新しく作る能力だけでなく、既存設備を診断し、補修し、再び運用へ戻す能力も、ものづくり基盤を支える重要な技術である。
維持する技術は、ものづくり基盤の持続性を支える
近年、経済安全保障やサプライチェーン強靭化という言葉がよく使われるようになった。前回の「経済安全保障と金属材料シリーズ」では、材料供給や製造基盤の観点からこの問題を整理したが、製造基盤の強さは、新しい設備を作る能力だけで決まるわけではない。
しかし、製造基盤の強さは、新しい設備を作る能力だけで決まるわけではない。
既存設備を長く使い続ける能力。損傷を早期に見つける能力。必要な補修を行う能力。設備を止める期間を短くし、再び安全に運用へ戻す能力。これらもまた、産業活動を継続するための重要な技術基盤である。
特に、エネルギー設備、船舶、プラント、インフラ、大型構造物では、設備の停止が社会や産業に大きな影響を与える。だからこそ、壊れてから直すのではなく、壊れる前に見つけ、計画的に補修し、可能な限り安全に使い続ける考え方が重要になる。
本シリーズでは、この「維持する技術」に注目する。
次回は、維持管理の出発点となる「壊れる前に見つける技術」、すなわち非破壊検査の役割について考えていく。非破壊検査は、設備を壊さずに内部や表面の状態を把握する技術であり、補修や更新の判断を支える重要な基盤技術である。
参考文献
[1] 国土交通省
「社会資本の老朽化の現状と将来」
[2] 国土交通省
「国土交通省所管分野における社会資本の将来の維持管理・更新費の推計」
[3] 関西電力送配電株式会社
「高経年化設備への対応」
