経済安全保障と金属材料⑤|戦略的自律性と戦略的不可欠性から考える製造基盤の未来

― 何を守り、どの価値を磨くべきか ―

はじめに

本シリーズでは、経済安全保障という外部環境の変化が、製造業・金属材料・溶接接合技術の現場にどのような課題として現れるかを整理してきた。

第1回では、経済安全保障を技術者が向き合うべき製造基盤の問題として捉え、
第2回では供給リスクを資源・材料・製造・運用にまたがる層構造として整理した。
さらに第3回では、高経年化する社会インフラを支える補修・保全技術の重要性を取り上げ、
第4回では、維持能力を将来へ残すための技能継承や自動化技術について考察した。

ここまでの議論を振り返ると、

「どのように維持するか」

という課題だけでなく、

「なぜ維持し続ける必要があるのか」

という問いも見えてくる。

そこで今回は、経済安全保障の文脈で用いられる「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」という視点から、製造メーカーが今後どのような価値を維持し、磨いていくべきかを考えてみたい。

戦略的自律性とは、作り続ける力である

経済産業省は、経済安全保障における重要な考え方として、「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」を整理している[1]。

戦略的自律性は、社会経済活動の維持に必要な能力を確保し、外部環境の変化に対する脆弱性を低減する考え方である。
製造業の視点で考えると、自律性とは単なる国産化や輸入代替ではない。

  • 必要な材料を調達できること。
  • 製造設備を維持できること。
  • 品質保証を継続できること。
  • 補修や保全を実施できること。

つまり、

「必要なものを、必要な品質で、作り続け、維持し続けられる能力」

として捉えることができる。

第2回で整理した供給リスクの構造、第3回で扱った補修・保全、第4回で取り上げた技能継承は、いずれもこの戦略的自律性を支える要素である。

自律性だけでは維持できない

しかし、自律性だけを追求すれば十分というわけでもないように思われる。
労働政策研究・研修機構の推計では、2040年に向けて総労働力人口だけでなく、製造業就業者数も減少すると見込まれている[2]。

一方で、国土交通省のインフラ長寿命化計画では、維持管理・更新の必要性は今後も増加していくことが示されている[3]。

つまり、

  • 守るべき設備やインフラは増える。
  • しかし、それを支える人材や資金には制約が生じる。

という状況が予想される。

こうした環境では、「維持すべき能力」を抱え続けるだけでは、長期的に持続することが難しくなる可能性がある。
そこで重要になるのが、戦略的不可欠性という視点である。

戦略的不可欠性とは、必要とされ続ける力である

戦略的不可欠性とは、国際社会や産業構造の中で、自国や自社の存在が不可欠となるような価値を持つことである。

ただし、製造メーカーの立場では、

「他社が容易に代替できない能力」

と読み替えた方が理解しやすいかもしれない。
それは必ずしも世界シェアの高さだけを意味しない。

  • 高い品質保証能力かもしれない。
  • 長期運用を支える保守・補修能力かもしれない。
  • あるいは高度な材料技術や接合技術かもしれない。

経済産業省の経済安全保障経営ガイドラインでも、継続的なイノベーションや重要資産の保護を通じて、自社の製品・サービスが社会にとって不可欠となることが重要と整理されている[4]。

つまり、

「必要とされ続ける能力」

を持つことが、不可欠性の本質と考えられる。

金属材料と接合技術はどこで価値になるのか

JST/CRDSが公開しているOECD先端材料レポートでは、材料科学は技術開発だけでなく、生産能力そのものの基盤であると整理されている[5]。

一方で、材料の価値は研究開発だけで決まるわけではない。

  • 材料を加工できること。
  • 接合できること。
  • 品質を保証できること。
  • 長期運用を支えられること。

こうした要素が揃って初めて、社会的価値として機能する。

特に、水素・燃料アンモニア設備、LNG設備、化学プラント、原子力設備など、高い信頼性が求められる分野では、材料そのものよりも、

「材料を社会実装できる能力」

が重要になる場合も少なくない。
また、原子力分野では近年、設備そのものだけでなく、部素材供給網、人材、製造能力の維持が重要課題として議論されている[6]。

こうした議論は原子力に限らない。
高い信頼性が求められる製造分野全般に共通する課題とも考えられる。
材料・接合・品質保証・補修保全を含めた製造基盤全体が維持されて初めて、社会インフラとしての価値が成立するためである。

自律性と不可欠性をつなぐもの

ここまで見てきたように、自律性と不可欠性は対立する概念ではない。
自律性がなければ、供給責任を果たせない。

一方で、不可欠性がなければ、自律性を維持するための人材や資金を呼び込むことが難しくなる。
人口減少が進む日本では、すべてを国内で抱え込むことは現実的ではない。

むしろ重要なのは、

  • どの能力を自律的に保持するべきか。
  • どの領域で他社が容易に代替できない価値を生み出すべきか。

を見極めることではないだろうか。

そのためには、材料・接合・品質保証・補修保全・技能継承を個別技術としてではなく、製造基盤を構成する一つの体系として捉える必要があるように思われる。

おわりに

本稿では、戦略的自律性と戦略的不可欠性という視点から、製造基盤のあり方について考えてみた。
自律性とは、作り続け、維持し続けるための力である。
不可欠性とは、必要とされ続ける力である。

そして両者は、どちらか一方だけでは成立しにくい。

金属材料分野においても、価値は材料そのものだけにあるのではなく、接合、品質保証、補修保全、技能継承を含めた実装能力の中に存在しているように思われる。

本シリーズではここまで、

  • 供給リスクの構造化
  • 維持する技術
  • 維持能力の継承
  • 製造基盤の戦略的な位置付け

について整理してきた。

次回は最終回として、これまでの議論を振り返りながら、技術者は経済安全保障というテーマをどのように自らの専門分野へ引き寄せて考えることができるのかについて整理したい。

参考文献

[1] 経済産業省
経済安全保障に関する産業・技術基盤強化の検討状況と今後の方向性
[2] 労働政策研究・研修機構
2023年度版 労働力需給の推計
[3] 国土交通省
インフラ長寿命化計画(行動計画)
[4] 経済産業省
経済安全保障経営ガイドライン(第1.0版)
[5] JST/CRDS
日本語仮訳:先端材料の未来を導く:戦略的インテリジェンスの実践
[6] 内閣官房、GX実現に向けた専門家ワーキンググループ(第16回) 資料1-4「資源・エネルギー安全保障・GX」分野における成長戦略の検討

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