経済安全保障と金属材料③|“維持する技術”はなぜ重要なのか

補修・保全・長寿命化から見る製造基盤

はじめに

前回は、金属材料分野における供給リスクを、資源、材料、製造・接合、インフラ運用という層構造で整理した。

そこで確認したかったのは、供給リスクが単なる「材料不足」だけではないという点である。必要な資源や材料を確保できたとしても、それを加工し、接合し、品質を保証し、さらに長期にわたって維持できなければ、製造システム全体としての供給能力は成り立たない。

本稿では、このうち特に「維持する技術」に着目する。

経済安全保障というと、半導体、重要鉱物、電池、AIなどの先端分野が注目されやすい。しかし、重工業・エネルギー・インフラ分野では、新しい設備を作る能力だけでなく、既存設備を診断し、補修し、再び安定運用へ戻す能力も重要である。

橋梁、港湾、プラント、発電設備、配管、貯槽などは、一度建設すれば終わりではない。長期間使われる中で、疲労、腐食、摩耗、熱影響、自然災害などによる損傷が少しずつ蓄積していく。

そのため、これらを維持する技術は、単なる保全部門の実務ではなく、社会基盤を支える技術基盤として捉える必要がある。

インフラ老朽化は、すでに政策課題である

国土交通省の「インフラ長寿命化計画」では、インフラは国民生活や社会経済活動を支えるものとして位置付けられている。そして、既に整備されたインフラが将来にわたって機能を発揮できるよう、「持続可能なインフラメンテナンス」が必要であると整理されている[1]。

ここで重要なのは、政策上の焦点が「壊れたら直す」から、「損傷が軽いうちに手を打ち、長く使う」方向へ移っている点である。国土交通省は、損傷が軽微な段階で補修を行う予防保全の必要性や有効性を示し、新技術の導入も含めて、より効率的なメンテナンスを進めてきた[1]。

この流れは、費用面から見ても重要である。インフラに不具合が生じてから対応するのではなく、早い段階で対策を講じることで、将来の維持管理・更新費を抑制できる可能性があるからである。

さらに、社会資本の高経年化は今後も進む。国土交通省の資料では、道路橋、トンネル、河川管理施設、下水道管きょ、港湾岸壁などについて、建設後50年以上経過する施設の割合が今後高まることが示されている[2]。

このような状況では、新しいインフラを作る能力だけでなく、既存設備を使い続けるための点検、診断、補修、更新判断が重要になる。

ここに、補修・保全・長寿命化技術を、経済安全保障と接続して考える理由がある。

維持管理は「見つける、判断する、直す」の繰り返しである

維持管理を技術的に見ると、単に傷んだ箇所を直す作業ではない。

まず、点検によって劣化の予兆を見つける。次に、その損傷がどの程度危険なのか、今後進行しそうなのかを診断する。そのうえで、補修するのか、更新するのか、あるいは当面継続使用するのかを判断する。

この「見つける、判断する、直す」という流れがうまく回って初めて、予防保全型のメンテナンスが成立する。

土木研究所の解説記事「道路構造物の予防保全に向けた取組み」でも、道路構造物の老朽化が進む中で、維持管理・更新コストを抑えつつインフラ機能を確保するには、予防保全型メンテナンスの推進が重要であると整理されている[3]。

この考え方は、金属材料や溶接・接合技術の観点でも重要である。

補修溶接、肉盛溶接、当て板補修、部材交換、非破壊検査、余寿命評価などは、それぞれ単独で成り立つ技術ではない。どの損傷に、どの方法を使うべきかを判断するには、損傷の種類、発生原因、進行度、周辺拘束、残留応力、荷重状態、再発リスクを見なければならない。

たとえば、同じき裂であっても、荷重のかかり方、部材の拘束状態、施工できる作業空間、補修後の検査のしやすさによって、適した対策は変わる。

したがって、補修・保全技術とは、単なる修理作業ではなく、診断、施工、検査を一体として扱う総合技術である。

補修溶接は、現場条件を強く受ける技術である

溶接・接合技術は、新しく構造物や設備を作るときだけでなく、維持管理の段階でも重要な役割を持つ。

特に鋼構造物やプラント設備では、供用中に発生したき裂、腐食、摩耗、欠損に対して、補修溶接や肉盛溶接が選択肢となる場合がある。

ただし、補修溶接は新規製作時の溶接とは条件が異なる。既設構造物では、施工姿勢や作業空間が制限されることが多い。補修対象部には、腐食、疲労、変形、熱履歴、残留応力などが既に蓄積していることもある。さらに、供用中、あるいは限られた停止期間の中で作業しなければならない場合もある。

土木学会論文集に掲載された「繰返し荷重下の溶接割れとルートギャップ開閉挙動」は、疲労き裂に対する補修方法として溶接補修に着目し、交通などによる繰返し荷重下での溶接割れ発生条件を検討している[4]。

この論文が示唆するのは、補修溶接が単に溶接材料を入れて欠陥を埋める作業ではないという点である。既設構造物が受ける荷重、拘束条件、変形挙動、施工時の割れリスクを踏まえて初めて成立する技術である。

つまり、補修溶接は「現場条件を強く受ける接合技術」であり、維持管理の中でも高度な判断を要する工程である。

プラント設備でも、補修溶接は維持管理の一部である

こうした維持管理の課題は、橋梁などの公共インフラに限られない。

石油精製・石油化学プラントのような産業インフラでも、設備の高経年化、保安人材の高齢化、維持管理費の増大、保安検査の高度化、スマート保安への対応、国内生産年齢人口の減少などが構造的課題となっている[5]。

特に石油精製・石油化学プラントでは、設備の設計・製作不良よりも、維持管理の不良が事故原因として大きく、その中でも腐食管理不良が多いとされている[5]。これは、プラントの安定運用において、設備をどう維持管理するかが極めて重要であることを示している。

特に石油精製・石油化学プラントでは、設備の設計・製作不良よりも、維持管理の不良が事故原因として大きく、その中でも腐食管理不良が多いとされている[5]。これは、プラントの安定運用において、設備をどう維持管理するかが極めて重要であることを示している。

この点は、第3回の主題と直接つながる。補修溶接は単なる現場施工ではなく、設備を継続使用するための判断体系の中に組み込まれている技術なのである。

同資料では、日本溶接協会のWES 7700規格群についても整理されている。WES 7700-1〜4:2019は、プラント圧力設備の維持規格の一つとして、溶接補修を設備保全・診断の観点から、損傷原因の推定、対策の検討、補修方法の検討、施工、安全性の確認まで含めて体系化した規格であると説明されている[5]。

ここで重要なのは、補修溶接が、溶接棒や溶接条件だけで完結する技術ではないという点である。損傷原因を推定し、補修の必要性を判断し、方法を選び、施工し、安全性を確認する一連の流れの中で位置付けられる。

したがって、補修溶接は、製造、保全、検査、運用判断をつなぐ総合技術として見る必要がある。

維持する技術は、製造基盤の一部である

第2回では、供給リスクを資源、材料、製造・接合、インフラ運用という層構造として整理した。第3回で確認したいのは、その最下流にある「インフラ運用」の層が、実は極めて技術的な層であるという点である。

社会インフラや産業設備を長く使うには、単に点検記録を残せばよいわけではない。損傷の兆候を見つけ、原因を診断し、補修方法を選び、施工し、検査し、再び運用に戻す必要がある。

ここには、材料、溶接、検査、構造、保全、品質保証の知識が横断的に関わる。

また、維持管理を担う人材や技術力の確保も重要である。土木研究所の解説記事では、人口減少に伴うメンテナンス業務の担い手不足や、地方公共団体における技術者の不足も課題として挙げられている[3]。

さらに、熟練診断技術者の暗黙知を形式化し、AIを活用した診断支援システムを開発する取組も紹介されている[3]。

この点は、次回以降の議論にもつながる。

補修・保全技術を維持するには、単に熟練者を育てるだけでは不十分である。熟練者の判断、施工条件、検査知見、補修ノウハウを、どのように再現可能な技術体系へ移していくかが課題となる。

この課題は、2021年以降の特許文献にも現れ始めている。

たとえば、肉盛溶接や金型メンテナンスに関する近年の特許文献では、熟練工の養成、作業時間の短縮、品質ばらつきの低減、自動化装置によるメンテナンス工程のシステム化といった課題が示されている。

これらは、第4回で扱う「技能依存低減」や「維持能力をどう残すか」という論点と接続する。

おわりに

本稿では、「維持する技術」という観点から、補修・保全・長寿命化の重要性を整理した。

経済安全保障という言葉からは、資源確保や先端材料開発が想起されやすい。しかし、実際の製造基盤や社会インフラは、新設する能力だけで支えられているわけではない。

既存設備を点検し、診断し、補修し、再び安定運用へ戻す能力があって初めて、インフラや産業設備は長期にわたって機能し続ける。

国土交通省の政策資料が示すように、インフラの老朽化はすでに政策課題であり、事後保全から予防保全への転換が求められている。また、鋼構造物に関する技術文献を見ても、補修溶接は現場条件、荷重状態、拘束、割れリスクを踏まえた高度な技術判断を要する工程である。

さらに、石油精製・石油化学プラントに関する資料からは、溶接補修が検査、供用適性評価、補修という維持管理体系の中に位置付けられていることが分かる。補修溶接は、単なる修理作業ではなく、設備を継続使用するための強度回復、長寿命化、安全性確認に関わる技術である。

したがって、補修・保全溶接は、製造システム全体を維持するための基盤技術として位置付けることができる。

次回は、こうした維持能力を将来にわたって残すために、企業がどのような課題を認識し、どのように自動化・標準化・デジタル化しようとしているのかを、2021年以降の特許文献を手がかりに整理してみたい。

参考文献

[1] 国土交通省,
インフラ長寿命化計画(行動計画)令和3年度~令和7年度」(アクセス日:2026/5/24)

[2] 国土交通省,
建設後50年以上経過する社会資本の割合」(アクセス日:2026/5/24)

[3] 金澤文彦, 星隈純一,
道路構造物の予防保全に向けた取組み」, 土木技術資料, Vol.64, No.1, pp.34-37, 2022年(アクセス日:2026/5/24)

[4] 判治剛, 舘石和雄, 清水優,
繰返し荷重下の溶接割れとルートギャップ開閉挙動」, 土木学会論文集A1(構造・地震工学), Vol.77, No.2, pp.287-303, 2021年(アクセス日:2026/5/24)

[5] 中野正大, 津野和裕,
石油精製・石油化学プラントにおける溶接補修の最前線」, セイフティエンジニアリング, Vol.218, pp.4-9, 2025年(アクセス日:2026/5/24)

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