経済安全保障と金属材料②|供給リスクはどこに存在するのか

「材料」だけではない製造基盤の脆弱性

はじめに

前回は、経済安全保障という外部環境の変化が、製造業・金属材料分野にどのような課題として現れるかについて整理した。

経済安全保障というと、半導体やレアメタル、あるいはサプライチェーン寸断といったテーマが注目されやすい。
実際、重要物資の安定調達は、近年の政策議論における中心的論点の一つとなっている。

一方で、政府資料や技術ロードマップを見ていくと、議論の対象は単なる「物資確保」にとどまっていないことが分かる。

例えば、経済産業省の製造基盤関連資料[1]では、製造基盤の強靱化、技術基盤維持、人材育成、サプライチェーン強靱化などが重要課題として整理されている。

また、水素・燃料アンモニア分野でも、単なる燃料供給だけではなく、貯蔵、輸送、材料評価、設備製造、保守運用まで含めたシステム全体が議論対象となっている[2]。

こうした動向を見ると、経済安全保障の対象は、「モノの確保」から、「製造・運用システム全体の維持」へと広がりつつあるように見える。

本稿では、こうした背景を踏まえ、金属材料分野における供給リスクを「層構造」として整理し、どこにボトルネックが存在し得るのかを考えてみたい。

供給リスクは“材料不足”だけではない

一般に、供給リスクという言葉からは、資源不足や価格高騰がイメージされやすい。

実際、ニッケルやレアアースなどの重要鉱物は、地政学的リスクや輸入依存の観点から重要視されている。

しかし実際の製造現場では、材料そのものを確保できても、それだけで供給が成立するとは限らない。

例えば、加工条件を満たせない、製造設備を維持できない、品質保証体制を維持できない、といった問題によって、最終的な供給能力が制約される場合がある。

さらに、保守・補修を担う技能者不足が、設備運用そのものの制約要因となるケースもある。
この点は、コロナ禍以降のサプライチェーン議論でも顕在化した[3]。

特に重工業・エネルギー・インフラ分野では、一部部材や工程の停止が、システム全体の停止に直結する場合がある。

つまり、供給リスクとは単なる「物の不足」ではなく、

製造システム全体を維持できるかという問題

として捉える必要がある。

金属材料分野における供給リスクの構造

金属材料分野における供給リスクは、概ね以下のような層構造として整理できる。

資源

材料

製造・接合

インフラ運用

各層には、それぞれ異なる種類のリスクが存在している。

主なリスク例
資源輸入依存、地政学リスク、価格高騰
材料特殊鋼・高機能材料の供給制約
製造・接合技能不足、施工条件、品質保証
インフラ運用保守、補修、長期運用、老朽化

特に下流側の工程ほど、現場ノウハウ、熟練技能、施工経験、品質管理などの暗黙知への依存度が高くなる傾向がある。

また、こうした暗黙知は短期間で代替しにくく、設備や工程が維持できなくなることで、結果的に供給能力そのものが低下する可能性もある。

なぜ“製造・接合”がボトルネックになるのか

金属材料分野では、材料そのものの性能だけで製品成立性を保証できない場合が多い。

例えば、高強度鋼、Ni基合金、極低温材料、水素関連材料などでは、溶接熱影響部を含めた特性確保が重要となる。

また、近年注目されている水素・燃料アンモニア分野でも、公的機関のロードマップや研究開発資料では、輸送設備、貯蔵タンク、配管、大型機器、発電設備などの製造・運用基盤が重視されている[2]。

これは、経済安全保障上の課題が、単なる燃料や原材料の確保ではなく、

「社会実装を支える製造・運用システムを維持できるか」

という問題へ広がっていることを示しているように思われる。

特に大型構造物やエネルギー関連設備では、溶接施工条件、入熱管理、残留応力、非破壊検査、補修施工などが長期信頼性に直結する。

そのため、溶接・接合をはじめとする製造技術は単なる加工工程ではなく、インフラの継続運用能力を支える基盤技術として位置付けられる可能性がある。

技能・ノウハウも供給リスクとなる

近年の政策資料では、製造基盤、技術基盤、人材育成、技術流出対策などへの言及が増えている[1]。

特に製造業の現場では、熟練技能者不足や高齢化、技術継承が長期的課題となっている。

例えば、厚板溶接、高温・高圧配管、補修溶接、特殊環境での溶接施工などでは、依然として高度技能への依存度が高い。

また、公的機関の技術ロードマップでは、ロボット化、AI活用、デジタル品質保証、遠隔施工なども重点テーマとして挙げられている[1]。

これらは単なるDX推進というよりも、

熟練技能への過度な依存を低減し、長期的に製造基盤を維持していくための取り組み

という側面も持っていると考えられる。

“維持する技術”の重要性

経済安全保障というと、新技術や先端材料、最先端製造が注目されやすい。

一方、インフラ・エネルギー分野では、

「既存設備を長期間維持すること」

も極めて重要となる。

特に、発電設備、LNG設備、水素・アンモニア関連設備、化学プラント、原子力関連設備などでは、長期運用を前提とした保守・補修技術が不可欠である。

そのため、肉盛溶接、補修溶接、非破壊検査、補修AM、余寿命評価なども、単なる保全部門の技術ではなく、

製造システム全体を維持する基盤技術

として重要性が高まりつつあるように思われる。

おわりに

本稿では、金属材料分野における供給リスクを、資源からインフラ運用までを含む「層構造」として整理した。

近年の政策資料や技術ロードマップを見ても、製造基盤、技術基盤、人材、サプライチェーン、インフラ維持など、対象領域は拡大している。

つまり、経済安全保障とは単なる「資源確保」の問題ではなく、

“作り続け、維持し続けられるか”

という、産業基盤全体の持続性の問題として捉える必要がある。

特に重工業・エネルギー・インフラ分野では、材料調達だけでなく、

  • 製造
  • 溶接・接合
  • 品質保証
  • 保守
  • 補修
  • 技能継承

まで含めて初めて、社会基盤が成立している。
近年の政策議論では、こうした「製造システム全体の強靱化」が重視されつつあるように見える。

次回は、こうした観点を踏まえながら、実際の特許文献を例に、

  • 企業がどのような課題を認識しているのか
  • どのような技術開発を進めているのか

を整理してみたい。

参考文献

[1] 経済産業省,
地政学リスクを踏まえた製造基盤強化等に関する検討会 中間取りまとめ『製造基盤強化レポート』
(アクセス日:2026/5/23)

[2] 経済産業省,
「水素・アンモニア社会実装に向けた当面取り組むべき課題
(アクセス日:2026/5/23)

[3] 経済産業省,
通商白書2025", 第Ⅱ部, 第1章, 第4節
(アクセス日:2026/5/23)

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